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水路を延ばして農地をひろげる。江戸時代の農業整備をめぐる旅

歴史120分自転車もおすすめ市街地町の北のほう川とともにある暮らし

江戸時代高知を治めた山内家は高知の経済力を上げるため数々の土木事業を行いました。その一つが野中兼山による堰の構築と水路の開削です。中村にも兼山ゆかりの水路や堰が残っており、その一つが麻生堰と四ヶ村溝です。現在は水車とアジサイの観光名所ですが、かつて人力で掘られた7.6キロにもおよぶ水路によって秋田(あいだ)、安並、佐岡、古津賀の4つの地区が大きく水田を広げることができるようになったのです。もし、水車を見て興味が出たら後川を上流に向かって進んで麻生堰まで足を伸ばしてみると野中兼山特有の弓なりの堰を見ることができます。

この旅のみんなの評価

旅の所用時間(最小)

120分

01

山内忠直の墓(三万石さん)

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